|

もしも月がなかったら―ありえたかもしれない地球への10の旅

  • 著者:
  • 出版日:
  • 出版社/メーカー: 東京書籍
  • カテゴリ: Book
  • ISBN: 4487761131

太陽、月、そして地球は人間の生活に必ずついてまわる存在である。『天地明察』や『暦の歴史』(書評) などにある通り、人類の歴史および文明もまたこれらの星の動態を予測しコントロールすることが常に重要な事項であった。神話などでも太陽や月は擬人化されるおなじみの存在である。

しかし太陽・月・地球の現在ある姿に慣れすぎてしまっている人類は、ついそれが絶対的不変なものであると考えてしまい、人類が誕生したことを当たり前だと考えがちである。実際には今現在も地球外生命体は公式には発見されていない。なぜ地球にだけ生命体が誕生したのかを明確に答えられる人は少ない。

本書は「もしも〜だったら」という仮定による思考法によってありえたかもしれない地球の姿を想像し、地球の成り立ちを理解する独創的な科学読み物である。

その仮定は非常に多様である。月が生まれなかった地球である惑星ソロンをはじめ、地軸が天王星のように傾いている(公転面に対して水平な) 惑星ウラニアや太陽の質量が今よりもっと大きい場合の地球である惑星グランスターなど地球に関わる太陽系の変数を少しずつずらした世界が章ごとに考察されている。

作者はもともとスーパーコンピューターを使った宇宙のシミュレーションを専門とした研究者であるため、考察の過程は非常に緻密かつ網羅的である。また、そもそも現実の地球の成り立ちについて、日本語版では竹内均氏によるわかりやすい解説がついているため、天文学の知識のない人でも容易に話についてこれる。

本書を読み終えたなら、私たち人類が住む環境として地球がいかに穏やかな惑星であるかを痛感する。例えば月のない地球である惑星ソロンの章では、人類が誕生したとしても人類が今よりも数億年遅れていただろうと考察されている。なぜならば月の引力による潮汐のの無い海は化学物質の混合や拡散があまり活発に行われないため、生命そのものが誕生しにくい。加えて、月の引力が無いソロンは自転が早く、大地に吹く風は地球よりもはるかに激しいため、生命の本格的な上陸はその風に耐えうる種が登場するまで待たなければならない。この他、月がないために起こる様々な自然現象が人類の発展を阻害する。

こうした様々な仮定の積み重ねでありもしない地球の姿を想像することに意義を感じない方もいるかもしれない。しかし作者は、むしろこの手法は人が生きるにあたって極めて重要なのだと主張する。

だれも気づいていないかもしれないが、人間は本能的に「もし〜だったら」という世界を毎日のようにつくりだしているのである。嘘だと思うなら、六歳の子どもの言葉に耳を傾けてみるといい。幼い子どもたちは「もし〜だったら」と言いながら、毎日のように新しい世界をつくりだし、それを探索しているのである。 <もし〜だったら>プロセスは、われわれが行動する前にその長期的な影響について考える能力に不可欠な部分である。人間以外の動物は、衝動につきうごかされて、ただちに行動するのに対して、人間は、まずはじめにその行動の結果を考えるのがふつうである。「もしあの人と結婚したら?」「もしあの会社に就職したら?」「もし引っ越したら?」そこから得られた洞察は、われわれの意思決定にとって重要である。

そして、本書におけるありえたかもしれない地球たちについての洞察もまた、人類の意思決定にとって非常に重要であると筆者は考えているようだ。それは本書の最終章で描かれる地球の姿を目にする読者もまた同様に考えるに違いない。なぜなら、それは将来起こりうる地球の姿なのだから。

天文学などや地球のなりたちについての知識のない人にこそぜひ読んで欲しい画期的な科学読み物である。

トラックバック