私は会話が苦手である。 厳密に言うと、会話のなかで何かを話すのが苦手である。 話したいことがあっても、会話の流れを逸脱してはいけないし、相手に興味を持ってもらうように工夫しなければならない。 相手が話したい時と会話が途切れているときを見分けて話を挟むのもなかなか難しい。
だから日常のなかで、会話が得意な人の隣にいるとき、一体どうしてこの人はこんなに会話が盛り上がるような話ができるのかと聞くことが習慣になっている。最近になって分かったのは、会話が上手い人は話し方が共通している。それはみな「聴くように話している」ということである。
「話す」という行為は、何らかの情報を発信するか、命令することを目的とするというのが一般的な認識だろう。だから、会話のなかで何かを話そうとすると、つい人は(というか私は)自分が独自に持っている話題を発信しようと口を動かす。すると大抵は会話のなかで上滑りしてしまうのである。
会話の上手い人は、注意深く聴いているとまったく違う話し方をしているのが分かる。 彼らまたは彼女らは、話し始める前に出ていた話題から外れずに話す。 話している内容が話して自身の体験談であっても、それはあくまでも前の話題を「自分はこう理解している」というシグナルとして話している。つまり、会話の上手い人が話す内容は、誰かが言ったことを「話す」という行動によってちゃんと「理解している」というメッセージを発しているのである。 彼ら彼女らにとって、話す内容は二の次であり、「私はあなたの話を理解していますよ」という姿勢を示すことが重要なのだ。 このような姿勢を受けることによって、会話相手は自分と同じ感性を共有しているのだと捉えるようになり、信頼関係を構築することが出来るのである。 これが、「聴くように話す」という所作である。
ところで、よく、会話をするときは相手の言葉をそっくり繰り返すという「オウム返しの術」という会話術がある。あれは非常に単純でそれなりに効果が出る局面がある。しかし、実際に「オウム返しの術」を受ける側になる時があるのだが、しだいにそれが嫌になっている自分に気がついた。最初は、嫌になる自分の気持がよくわからなかった。しかし、「聴くように話す」という所作に気がついてから、その正体に気がついた。
オウム返しは相手の行動を模倣するということであるが、行動を模倣するということと、同じことを考えたり感じたりするということは実は異なる行為なのである。 例えばあなたが山道を散歩していたとして、あなたの友だちが行く先で休んでいるのを見つけたとする。すると、その友人は富士山が見えると言って、ある地点を指さした。当然、あなたは指差した方の富士山を探そうと当たりを見るだろう。このとき、友人とあなたは富士山という共通の事物を見ている。しかし、富士山を見るときの身体動作は異なる。立っている地点が異なるから、これは当然だろう。 会話で共通の話題をすることも、異なる地点から富士山を見ることと同じである。会話相手とは、人生の経験も背景も価値観も厳密に言えばかならずズレがある。だから、人と同じ話題を話しあおうとするときは、お互いの立ち位置の違いを考慮して、相手の言った言葉を自分の言語感覚と合うように修正していかなくてはならない。その修正結果は、おそらく会話相手の元の発言とは異なる表現になっているはずである。まったく同じ言葉になることは、ありそうにない。 オウム返しが不快になるのは、そんな奇跡的な一致が起こるはずもない他人が全く同じ言葉を返してくることによって、同じものをみていないし感じていないことを図らずも発信してしまっているからなのである。さきほどの富士山の例で言えば、見えるはずもない方角を見て「綺麗だね」と言うことに等しい。
会話をするということは、究極的には異なる2人の間で形にならない何かを共有することである。しかし、その何かを言葉にして伝わる過程で、意味がゆがんでしまったり、相手の言語感覚からはずれた表現になってしまったりする。伝えたい事と伝わったことのずれを修正し、2人が確かに何かを共有するためには、聴き手がどう受け取ったかを話し手にフィードバックしなければならない。会話の上手い人は、自分の話をしているようにみえて巧みに相手の話をきちんと理解するための予備動作をしているのである。
「聴くように話す」という所作は、価値観を共有し、分かり合うために非常に重要な技術であろうと思う。問題は、どうしたらそれを身につけることが出来るかだが、それはまたの機会に考えたい。
名前:常川真央
筑波大学図書館情報学メディア研究科で図書館情報学を学ぶ。2014年4月より専門図書館員としてとある研究所に勤務。RubyとJavaScript使い。短歌の鑑賞と作歌が趣味です。
業績 : http://researchmap.jp/kunimiya
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