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本書『私とは何かーー「個人」から「分人」へ』は、小説家・平野啓一郎による思想書である。内容を端的に言い表すとするなら、「分人」の2文字に尽きる。
平野は、「私」を構成する要素として近代的な概念である「個人」よりも小さな「分人」という概念を 提唱する。分人は、対人関係のなかで作り上げられる。私の人格や行動パターンは、分人ごとに異なっている。一般的に考えられている統一的な「私」の人格とは、実は分人の構成比率を反映したものなのだという。
この分人論をもとに、平野はどうして自殺が悪なのか、どうして人の死は哀しいのか、といった問いを鮮やかに説明していく。
かつて小説家・森博嗣は『すべてがFになる』の中で、人間は複数の人格を有しているのが通常の状態なのだという主張を登場人物に話させている。また、人間には人間が複数のアイデンティティで構成されているという主張は、アマルティア・センが『アイデンティティと暴力』(書評)の中でもしている。平野の主張と同じことを主張した人は、2人にかぎらず多くいたに違いない。
平野の分人論の独自性は、「私」を構成する複数の人格がいかにして生まれ、いかに人格同士で協調しているのかを「対人コミュニケーション」を中心として説明しているところにある。森が述べているような複数の人格は、人間の内部にいつの間にか住んでいるものだという神秘的なイメージに依っており、人格の出自や平生のメカニズムについては説明していない。しかし平野の分人とはむしろ外界と心を仲介する境界なのであり、分人が生み出される過程を日常の行動のなかで十分説明することができる。だからこそ、本書は人生の様々な問いを説明したり解決策を提示することができるのだ。
また、平野の分人論は、インタラクションデザインを考えている人にとっては非常に相性が良い理論なのではないかと思う。今後、様々な技術を発展させる基本思想になることを期待したい。
名前:常川真央
筑波大学図書館情報学メディア研究科で図書館情報学を学ぶ。2014年4月より専門図書館員としてとある研究所に勤務。RubyとJavaScript使い。短歌の鑑賞と作歌が趣味です。
業績 : http://researchmap.jp/kunimiya
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Twitter: @kunimiya