|

フリープレイ 人生と芸術におけるインプロヴィゼーション

  • 著者:
  • 出版日:
  • 出版社/メーカー: フィルムアート社
  • カテゴリ: Book
  • ISBN: 4845913089

先日、ビブリオバトルに出場した時に紹介した本です。チャンプ本は獲得できなかったのですが、個人的に非常に気に入っている本なのでブログでも改めて紹介しようかと思います。

本書はインプロヴァイザー(即興の音楽家)であるスティーブン・ナハマノヴィッチ氏がインプロヴィゼーションの秘密について解き明かした本です。インプロヴィゼーションというのは即興による演奏という意味ですが、本書ではもっと広い意味で、あらゆる場面での計画されていないパフォーマンスを指しているようです。

実は即興というのは、誰もが知らず知らずのうちに行っています。呼吸をすること、歩くこと、食事をすること。これらの動作一つ一つは、完全に計画されたまのではなく、その時の思いつきや身体の反応で成り立っています。会話のような、相互作用のある行動についていえば、何かを計画するということ自体が不自然な行為であるといえます。私たちは日々即興をすることで生きている、その即興の積み重ねが人を作り、人生を形づくるのです。

本書における「芸術」は、このような日常の中の即興に根ざしているものです。人間は誰でも自分の目的を叶えるために何らかの能力を駆使する場面があります。企画を通すためのプレゼンテーションだったり、車の整備だったり、今の私のように誰かに向けて文章を書いたりしています。その場面で発揮される技術のことを本書では「芸術(Art)」と呼んでいます。

そのような芸術を成功させるのに、人びとはしばしば意識的に行動を制御する計画を建てるのですが、著者は重要なのはそのように人工的に作られたルールではないと主張します。重要なのは、その人の人格や体質、認知の特性といった身体に内在するルールです。どんなに優れた技法や教えも、その人の特性に合わなければ効果を発揮することはできません。

自分の行動を完全に制御しようとしたり、人工的に作られたルールに従わせようとすれば、人はしばしば躓いてしまいます。仕事で緊張している時に、いつもならできている挨拶ができない、もっと魅力的に話せるはずのプレゼンがぎこちなくなってしまうという経験はないでしょうか?こういう躓きは、「この場では失敗してはならない」という自分を制御しようとする精神そのものが引き起こしてしまうのです。

本書はインプロヴィゼーションの秘密に迫る本ですが、それによって読者が特殊な技能や感性を獲得することを目指しているわけではありません。むしろ著者は、この本を読むことによって個々の人間が持つ特性を思い出させ、精神の緊張によってインプロヴィゼーションが失敗してしまうことを回避するヒントを伝えることを心がけたと述べています。

著者は人びとが普段持っているインプロヴィゼーションの秘訣=フリープレイの精神を思い出させるために、様々な話題を出します。自身の演奏経験をはじめとして、様々な音楽家や芸術家のエピソード、東洋哲学や神話に内在する太古のインプロヴィゼーションの事例などなど、あまりにも豊富な話題が本書にはつめ込まれているので、簡単に内容を要約することはできません。

個人的に面白いと思ったのは、インプロヴィゼーションは本質的には「遊び」であるという指摘です。以前、カイヨワの『遊びと人間』の書評を書いたことが有りますが、本書の著者もまた、カイヨワの遊びの理論を援用しています。芸術において重要なのは自分自身の中にあるテーマを掘り下げることにあり、遊びは人を日常世界から隔絶した空間を一時的に作り出し、自分自身に向き合うことができるのだと著者は述べています。『遊びと人間』の実践編として、本書は読むことができるのかもしれません。

本書は芸術的なパフォーマンスに従事する少数の人々だけではなく、万人の心に響く名著だと思います。基本的にはどこから読んでも何かを得ることができるように書かれているので、まずは手にとって読んでみることをお勧めします。

ちなみにナハマノヴィッチ氏の演奏動画がYouTube上で本人によってアップロードされています。例えば以下の様な演奏ですね。

トラックバック